産まれた!
産まれました!
2月7日 に産まれました!女の子です。 いろいろ忙しくて、ようやくブログを更新します。 前回からの続きをまとめて報告します。
2月6日0時半 陣痛が5分間隔になったので、病院に連絡してすぐ行くことに。病院までは車で5分で到着。 病院へ着いてすぐに診察。陣痛がさらに強くなるまで陣痛室で仮眠しててください。と。妻はベッドの上で、僕は小さな椅子を二つ並べた上で仮眠するが、陣痛で痛がる妻の腰をさすりながらなので、仮眠どころではない。時折、助産師さんが胎児の心拍検査のため、やってきて、心拍、胎動、張り(お腹の)をグラフにする機器で測定する。グラフうから分かる胎動と連動して波がくる張りの山の部分で陣痛の山が来ることが分かる。 グラブの山に目を凝らし、陣痛が来るタイミングで妻の腰をさする。3~7分というバラついた間隔で陣痛がくるようになる。陣痛が弱い。妻の腰をさすりながら朝を迎える。 陣痛の痛さに口を震わせている妻を見た瞬間、自分の知っている痛みの限界を完全に超えていると感じ、心の中に恐怖が急激に湧いてきた。自分が側にいてあげても、なにも力になってあげられないのでは、と。
迎えた朝9時。妻の母親がやってきた。母親と一緒に腰をさする。 陣痛が弱いため、医師より少し歩いてくるように言われる。歩く時の刺激で胎児が下がり、陣痛が促進されるためである。 病院内の廊下を歩きながらだと2分間隔で陣痛が来るようになる。2分置きに廊下でしゃがみこむ妻の腰をさする。 しばらく歩いてベッドに戻ると、陣痛の間隔は7分間隔に戻ってしまう。歩きと休憩を繰り返すが陣痛が促進しない。。。
陣痛が強まらないまま時間が夜10時。母親が、睡眠をとれていなかった僕に一旦家に帰るように言ってくれたた。仮眠を取りに家に向かうため病院を出たとき、広島の実家から僕の両親が来た。駅まで両親を迎えに行き、スタバで一緒にコーヒーを飲んだ後、両親をホテルに送り、帰宅。シャワーを浴びて着替えベッドに入るそのとき、病院にいる妻の母親から電話が。 破水をしたので、病院に戻るようにと。病院に戻り、夜12時頃には産まれるかも、と思いながら再び妻の腰をさする。 しかし、陣痛が強くならない。。。
日付は変わり2月7日午前1時、陣痛に耐え続ける妻の体力も限界。母親と僕は、早く産まれてくれ、と願うが、一向に陣痛が強まらない。ふと母親を見ると陣痛の合間でウトウト。お母さんも限界だ。午前3時頃、二晩ほとんど睡眠をとっていなかったため、頭がクラクラしてくるとともに疲れからか頭痛が。自分自身も限界になってきた。2日間陣痛に苦しんでいる妻が可哀そうだ。「先生、早く陣痛促進剤を打ってくれ。」と心で叫ぶ。
9時、先生の診察が行われ、ようやく陣痛促進剤を打つことに。長かった。分娩室に移り、陣痛促進剤を打つ。しばらくしてすぐに陣痛が強くなる。さらに強まった陣痛の痛みにより、妻は全身が硬直して震えるため、体をさすりながら呼吸法を誘導してあげる。 このことは妻にとって有難かったらしい。痛みのあまり呼吸やリラックスは一人ではとてもできる状態ではなかったらしい。
陣痛にピークに達し、いよいよ分娩。 陣痛促進剤を打ったとはいえ通常より陣痛が弱くいきみが弱いため吸引分娩に。頭まで出ている赤ちゃんの頭を吸盤で吸いつけて引っ張り出すのだ。先生が吸引器を引っ張る際にいきむ妻にも激痛が走る。が、赤ちゃんの頭に付けた吸引器が引っ張るとすぐに外れてしまう。もう一度、吸引器をつけて引っ張るがやはり外れてしまう。 緊急を要する尋常ではない状況。情けないことに僕は貧血になりこのままでは倒れそうになったため、床に座り込む。それからしばらくしたとき、「おぎゃーっっ!」 産まれた。意識がもうろうとする中に必死で床から立ち上がると、元気に赤ちゃんが泣いていた。 「赤ちゃんは元気ですか?」「元気ですよ。女の子ですよ。」と。妻も笑顔でこちらを向く。涙が滲み出てきた。 赤ちゃん、ありがとう。妻、ありがとう。先生、助産師さん、ありがとう!
ということで、現在は病院に1週間の入院中。母子ともに健康です。
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